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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
NHKスペシャルの歴史偽造が酷い!重要部分をごっそりカットし事実と違う結論・「開戦太平洋戦争」
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20210816DHC売上増!韓国「会長が嫌韓なのに」・NHKの批判報道やパヨクの不買運動の影響なく逆に宣伝

8月15日(日)21時から放送されたNHKスペシャル「開戦 太平洋戦争〜日中米英 知られざる攻防〜」歴史偽造が酷かった!

NHKは、支那事変について「盧溝橋で起きた偶発的な発砲事件が、8年に及んだ日中戦争の切っ掛けでした」で説明し始める。

しかし、NHKは、盧溝橋事件の後に支那が停戦協定を繰り返し破ったことや支那の保安隊が通州事件で日本人民間人を大虐殺したことなどには一切触れなかった!

NHKは、上海戦について、支那軍の大軍が国際租界の日本人居留区の民間人を包囲攻撃したことや、国際租界の民間外国人を狙って大規模な無差別爆撃を行ったことなど、支那軍の悪逆暴虐については一切説明しなかった!

そして、NHK歴史偽造が最も酷かったのは、上海戦の後(南京戦の前)の和平交渉についてだった!

上海戦の後(南京戦の前)、日本はドイツを仲介とする和平交渉に乗り出した。

NHKは、『中国も受け入れ可能な和平条件だった。蒋介石も和平交渉に応じる姿勢だった。ところが、その直後に日本軍が首都南京を陥落させた』と説明し、日本が和平交渉を台無しにしたことにした!

これは、重要な事実を一切説明しないことによって、事実と全く異なる結論にする悪質な歴史偽造(歴史捏造)・虚偽放送だ!

NHKは、次の事実をごっそり・すっぽりとカットした。

★1937年11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側が非常識なほど譲歩した和平条件を提示。
★1937年11月6日、駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴る。


つまり、日本軍が1937年12月に南京戦に踏み切ったのは、上記のとおり、同年11月6日に蒋介石が日本によって非常識なほど大幅に譲歩された条件の和平案を蹴ったからだ!

NHKは、そのことに全く触れることなく、「蒋介石も和平交渉に応じる姿勢だったが、日本軍が南京を陥落させて和平交渉は台無しになった」と放送した!

これは、NHKによる完全な歴史偽造・歴史捏造虚偽放送だ!



南京戦の後についても、NHK「日本が和平条件を釣り上げた。これでは蒋介石は到底受け入れられない」と、日本を一方的に悪く説明したが、全く事実を説明していない。


NHKは、その後も最後まで日本のせいで支那事変が継続し、米国や英国も参戦する大東亜戦争まで拡大したというストーリーに仕立てた。



以上が、概要。





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以下、詳細。




20210817NHKスペシャルの歴史偽造が酷い!重要部分をごっそりカットし事実と違う結論・「開戦太平洋戦争」

20210817NHKスペシャルの歴史偽造が酷い!重要部分をごっそりカットし事実と違う結論・「開戦太平洋戦争」

20210816DHC売上増!韓国「会長が嫌韓なのに」・NHKの批判報道やパヨクの不買運動の影響なく逆に宣伝

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/3PV78WLVQ2/
20210816DHC売上増!韓国「会長が嫌韓なのに」・NHKの批判報道やパヨクの不買運動の影響なく逆に宣伝
8月15日(日)放送
NHKスペシャル

■「開戦 太平洋戦争〜日中米英 知られざる攻防〜」

中国国民政府を率いた蒋介石の膨大な日記の全貌が明らかになった。近年公開された蒋の外交史料と合わせて浮かび上がるのは日中戦争の国際化をもくろんだ戦略である。そしてアメリカ・イギリスの思惑も交錯しながら太平洋戦争開戦へとつながっていたのである。一方で、日本は多くの選択肢がありながら「引き返し可能地点」を何度も失っていたことも明らかになった。太平洋戦争開戦秘録から浮かび上がる現代への教訓とは。

再放送は、8月18(水)午前0時25分〜(火曜深夜)[総合]放送予定



8月15日(日)21時から放送されたNHKスペシャル「開戦 太平洋戦争〜日中米英 知られざる攻防〜」歴史偽造が酷かった!

NHKは、支那事変について「盧溝橋で起きた偶発的な発砲事件が、8年に及んだ日中戦争の切っ掛けでした」で説明し始める。

しかし、NHKは、盧溝橋事件の後に支那が停戦協定を繰り返し破ったことや支那の保安隊が通州事件で日本人民間人を大虐殺したことなどには一切触れなかった!

NHKは、上海戦について、支那軍の大軍が国際租界の日本人居留区の民間人を包囲攻撃したことや、国際租界の民間外国人を狙って大規模な無差別爆撃を行ったことなど、支那軍の悪逆暴虐については一切説明しなかった!

そして、NHK歴史偽造が最も酷かったのは、上海戦の後(南京戦の前)の和平交渉についてだった!

上海戦の後(南京戦の前)、日本はドイツを仲介とする和平交渉に乗り出した。

NHKは、『中国も受け入れ可能な和平条件だった。蒋介石も和平交渉に応じる姿勢だった。ところが、その直後に日本軍が首都南京を陥落させた』と説明し、日本が和平交渉を台無しにしたことにした!

これは、重要な事実を一切説明しないことによって、事実と全く異なる結論にする悪質な歴史偽造(歴史捏造)・虚偽放送だ!

NHKは、次の事実をごっそり・すっぽりとカットした。

★1937年11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側が非常識なほど譲歩した和平条件を提示。
★1937年11月6日、駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴る。


つまり、日本軍が1937年12月に南京戦に踏み切ったのは、上記のとおり、同年11月6日に蒋介石が日本によって非常識なほど大幅に譲歩された条件の和平案を蹴ったからだ!

NHKは、そのことに全く触れることなく、「蒋介石も和平交渉に応じる姿勢だったが、日本軍が南京を陥落させて和平交渉は台無しになった」と放送した!

これは、NHKによる完全な歴史偽造・歴史捏造虚偽放送だ!




▼事実▼

上海戦は、NHKも当該番組で放送したとおり、蒋介石が用意周到に準備した戦争だった。

そして、NHKは完全に省略したが、上海戦は、支那の大軍が国際租界の民間日本人居留区を包囲攻撃し、国際租界への空爆で欧米の民間人を大量殺戮した!

しかし、蒋介石が上海戦を強行した1937年8月~10月の時点では、アメリカは既にアジア侵略を狙って日本を敵視していたし、イギリスは満州事変後に自国の権益のために日本を警戒していた。

そのため、米国や英国などは、上海戦の最中から正当な理由なしに蒋介石支援と日本非難を開始した。

「5日に行われる【反日大会】の司会をカンタベリー大主教が引き受けたので抗議の書簡を送った。大主教は、支那側の逆宣伝による根拠なき作り事を何ら確かめもせず受諾している」
1937年10月1日、吉田駐英大使ロンドンでの記者会見



昭和12年(1937年)10月2日、中外新聞
ロンドン発1日同盟
支那軍の全面的敗退に狼狽した支那側のデマ宣伝はいよいよ露骨を加えてきた…ロンドン駐在支那大使館では毎日のように日本軍を中傷する記事を流して、英国民の反日気勢を煽っている。
その上在支外国通信員を動かす等の間接方法をも併用、絶体絶命、泣き落とし政策で英国民の同情を得んと必死になっている。従って日本側の反駁ないし抗議はともすれば無視されがちである。
…外人目撃者のいない場所に関しては、今なお…デマが行われている。
(略)



英国は、支那が流すデマを何ら確かめもせず垂れ流し、香港は英国から支那への武器輸送基地になっており、1937年10月に英国は毒ガス弾を含む大量の武器を支那に与えた。





1937年8月から10月まで続いた上海戦で、日本軍は大苦戦を強いられた。

それでも、日本は上海戦に勝利し、蒋介石と和平を締結しようとした。


(参考)

http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-2445.html
石原少将は第一部長を離任し、満州へ転出した。

1937年10月26日から3日間上海で会談し、いい感触を得たのでこれを広田外相に報告。

10月30日ごろ上海の日本人居留区が中国軍の脅威から解放されたので、11月2日、広田外相は正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側の条件を提示した。

その内容は

(1) 内蒙古民族は自治政府を樹立する。その国際的地位は外蒙に同じ。

(2) 満州国国境に非武装地帯を設定し、中国警察が治安維持にあたる。北支の全権は南京政府の手に存する。
 …事変前から交渉中の鉱物採掘権については日本に満足のいく結果を求める。

(3) 上海は非武装地帯を拡大し国際警察を設けて管理する。

(4) 抗日政策の停止

(5) 共同して防共に努める

(6) 関税の引き下げ

(7) 外国の諸権利を尊重する

日本側は、この条件に従って1937年7月7日以前の状況にまで軍を退く
 

この内容を、ディルクセン駐日独大使は「穏当なもの、これなら支那側の面子も潰れないだろう」と言った。

後に、白崇禧将軍も「たったこれだけの条件なら、なんのための戦争か」と言ったくらいだった。

日本の条件は、トラウトマン駐支独大使から、11月6日、支那に伝えられた。

ところが、蒋介石はこれを蹴った!

蒋介石は、国連に「日本が侵略している」と訴え、これが9カ国会議に付託され審議されていたので、いい結果が出るのを期待していたのだ。

支那は自分の方から戦争を仕掛けておきながら、9月12日に「日本が侵略している」と国際連盟に訴えたのだった。

そして呆れたことに国連は支那の言い分を聞き、10月5日に、日本の行動は9カ国条約に違反、9カ国会議で解決すべきだと決議した。
そのため、9カ国会議がブリュッセルで開かれたのだ。

日本は、戦争を止めたくても支那が止めない限りやめられない。

なぜならば、一方的に停戦しても向こうが喜んで襲撃してくることは、それ以前に何度も経験済みだったからだ。



 
★1937年11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側が非常識なほど譲歩した和平条件を提示。
★1937年11月6日、駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴る。


ようやく上海戦が終わった後にも、蒋介石は、11月6日にトラウトマン駐支ドイツ大使から伝えられた日本の和平案に応じる気など端からなかった。

蒋介石は、「敵が南京に至れば我々は南京を防衛する。敵が四川を攻撃すれば我々は四川を防衛する。敵の侵略が続く限り我々は永久に戦い続けるであろう」と世界に公言した。


1937年11月20日の「遷都宣言」でも、
「盧溝橋事件発生以来…日本の侵略は止まる事を知らず…各地の将士は奮って国難に赴き…死すとも退かず…日本は更に暴威を揮い…わが首都に迫る…およそ血気ある者で瓦全より玉砕を欲せざる者はない。…」
と言っていた。


蒋介石は、日本が大幅に譲歩した和平案を悉く蹴っており、日本軍が進撃の手を緩めれば、すぐに反撃しようとしていたことは間違いない!

だから、日本軍は、蒋介石を追撃するために南京戦に突入した!

しかも、日本軍は南京戦に突入する直前の1937年12月10日に南京を包囲された支那軍に対して降伏勧告を行ったが、支那軍は日本の降伏勧告を無視したのだ!






NHKは、上海戦の終了から南京戦に突入するまでの1937年10月~12月上旬に起こった上記の出来事について全く放送しなかった!

そして、NHK「蒋介石も和平交渉に応じる姿勢だったが、日本軍が南京を陥落させて和平交渉は台無しになった」と放送した!

NHKによる完全な歴史偽造・歴史捏造虚偽放送は、本当に許し難い!






南京戦の後についても、NHK「日本が和平条件を強硬な内容に釣り上げた。これでは蒋介石は到底受け入れられない」と、日本を一方的に悪く説明したが、全く事実を説明していない。

NHKは、自分のストーリーに都合の良い石射猪太郎などの証言を取り上げて、「日本が和平条件を釣り上げた。強硬な条件にした」と主張したが、事実は異なる。

▼事実▼

★1938年
★1月2日、ドイツ大使トラウトマンが日本の和平案の返事を聞くために蒋介石を訪問しようとしたが、蒋介石は会わず。
★1月15日、日本の和平案を蒋介石が蹴る


(参考)

http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-2415.html
日本は、南京陥落の後、またぞろ和平の話を持ちかけた。

日本は、和平条件を上海戦の後(南京戦の前)より少し厳しくした。

参謀本部は当初、以前のままでやるつもりだったが、内務大臣から「これで国民が納得するかね」と言われ、やむなく修正した。

すると、蒋介石は案の定、講和を拒否した。

昭和13年(1938年)1月2日、ドイツ大使トラウトマンが返事を聞きに来ても蒋介石は会わず、変わりに王寵恵外交部長が会った。

王部長が、「独大使が回答を催促している」と報告すると、蒋介石は「日方所提条件等於征服與滅亡我国、與其屈服而亡、不如戦敗而亡之為愈」(日本の条件は我が国を屈服して滅亡させる為のものだ、屈服して滅びるよりは、戦って滅びる方がよい)と大声でわめき、王部長に「応即厳詞拒絶」 (断固、拒否せよ)  と命じた。

その翌日、支那国民政府は正式に次のように決定した。
「否認将派代表赴南京與日方議和」(日本との和平交渉の為に代表を南京に派遣することは認めない)


明確な和平拒否だった。
しかしながら、この決定は極秘にされ、独大使には伝えらなかった。


‐‐‐‐

そのため、日本が待てど暮らせど返事が来ない。
日本は回答の期限を逐次延期したが、しびれを切らして、1月12日に「最終期限は15日」と伝えた。

この日本の意思は独大使から王部長に伝えられた。
その時、独大使から聞いた話で「日本政府と大本営が連日会議をしている」との情報を王部長から聞くと、蒋介石は「倭今日始知対華戦争非長期不可乎!」(それじゃ日本は、やっと中国との戦いが長期戦以外に無いと気づいたのか) と述べ、「それなら、中国はますます有利になる。国際情勢は必ず、反日親中国の味方をもたらす」と述べた。

日本は勝ち戦にもかかわらず、こちらの方から和平を持ちかけているというのに!

和平条件が厳しくなったと言っても、別に領土を要求しているわけではない。

上海戦の後(南京戦の前)の和平条件は、非常識なくらい日本が譲歩していたので、少し戦勝国らしい体裁を繕っただけだった。


日本は、被害者なのに辞を低くして和平を持ちかけ、常に善意で接しているのに、加害者の支那は負け戦でありながら、偉そうにした。

蒋介石は、和平拒否の方針を決めていたので会議も開かなかった。
その上で、王部長は独大使に回答文を手渡した。
その内容は 「日本側の要求は漠然としているので、何も決定できない。具体的に示してくれ」 というものだった。
この回答には、さすがのトラウトマン大使も唖然とした。
さんざん待たされた挙句に何の討議もせず、時間稼ぎだとわかった。


‐‐‐‐
この回答は、昭和13年(1938年)1月15日に大本営政府連絡会議にかけられた。

日本政府は 「支那側に誠意なし、交渉を打ち切るべし」 と主張したが、軍部の方は 「打ち切るのは尚早、今一度、交渉すべき」 という態度だった。
参謀総長も「詳細が支那側に伝わっているのかどうか、確かめる必要がある」 と言った。


参謀本部や軍令部などは、支那の要求に応じて何としてでも講和(和平)に持って行こうとしたが、蒋介石の腹を見抜いた広田外相は断固打ち切りを主張した。

ここに、「軍部が和平を主張し、政府が戦争継続を主張する」という、逆転現象が生じた。

広田外相は「永き外交官生活の経験に照らし、支那側の応酬ぶりは和平解決の誠意なきこと明瞭なり、参謀次長は外務大臣を信用せざるか」 と迫り、政府側は内閣総辞職を掛けて臨んだので、統帥部も折れざるを得なかった。
(内閣崩壊は対外的に悪いイメージを与え、支那につけこまれるから)

そして、日本政府は1月16日 「爾後(今後)、国民政府を対手とせず」 と宣言した。
これを、「近衛首相は早まった」と言う人もあるし、(NHKの当該番組もそうだったが、)もともと蒋介石に和平の意思が無いのだからしかたない。






NHKは、その後も最後まで日本のせいで支那事変が継続し、米国や英国も参戦する大東亜戦争まで拡大したというストーリーに仕立てた。

アメリカもイギリスも、戦争を仕掛けて悪逆暴虐を尽くしていた支那に大量の金や武器を供給し、日本に対しては理不尽な批判や制裁をしていたにもかかわらずだ。






1938年12月18日、汪精衛(汪兆銘)は日本と講和しようと重慶脱出した。

汪精衛(汪兆銘)は、蒋介石と違い、「これ以上国民を苦しめるべきでない」という考えで、特務機関に命を狙われながらも近衛首相の呼びかけに応じた。

汪精衛は重慶を出る時「蒋介石と話をつけている。建前として蒋介石が抗戦を担当し、汪精衛が講和を担当する。うまく行けば講和に移る」と言っていた。

汪精衛は東京で近衛と会って、その真意を確かめてから1939年5月8日上海に帰り、蒋介石に『これで私の役目は終わった。本番は貴方に頼む』と打電した。

ところが、この時、既に事情が異なっていた。
米国が蒋介石に「軍事物資の援助をするから」と言って講和を止めさせた。
米国の意向を無視してまで講和は出来ない。
結果、汪精衛は裏切り者にされた。


胡蘭成(汪精衛の側近)著『日本及び日本人に寄せる』を要約




米国は、蒋介石に対し、「講和をするな。助けるから頑張れ。」と言っていたのだ。

これでは戦争は終わらない。


米国が支那に軍事物資の援助を開始すると、英国もビルマなど日本が手の届かない所から援助を再開した。



支那事変に際、英国は、香港経由やビルマ経由の「援蒋ルート」を通じて悪逆・暴虐の限りを尽くす支那軍に武器などを大量援助し、既に日本に対して戦争行為をしていた。

米国も、英国と同様のことをしていた。

●1937年
7月16日、アメリカのコーデル・ハル国務長官が日本の対支政策を非難
10月5日、ルーズベルト大統領が「戦争伝染病を隔離せよ」と演説
●1939年
3月、米国は支那が軍用機や発動機を購入のために1500万ドルを借款
7月26日、米国が日米通商航海条約を破棄
●1940年
1月4日、米国が錫、屑鉄の対日輸出額を前年度の半分にすると通告 
3月30日、汪精衛政府が南京に遷都。ハル国務長官は重慶政府支持を声明
6月5日、米国が工作機械の対日輸出を禁止
7月31日、米国が航空機用ガソリンの東半球への輸出を禁止
9月26日、米国が屑鉄の輸出を全面禁止
9月25日、米国が重慶政権に2500万ドルの借款
9月27日、日独伊三国同盟成立


日独伊三国同盟の前から、英国も米国も日本に対して既に戦争行為をしていたのだ。





NHKは、真実を説明せず、NHKが描いた「日本は愚かだった。日本は蒋介石に乗せられた。南京を陥落させて和平交渉を台無しにした。和平条件を強硬な内容に釣り上げて和平のチャンスを潰した。日本が和平のチャンスを悉く潰したから米国や英国に制裁されても仕方ない」という結論にするため、NHKのストーリーに都合の良い資料や証言や学者の主張などをつなぎ合わせた!

そして、肝心な重要事実をバッサリとカットして、事実と全く異なる結論にする悪質な歴史偽造(歴史捏造)・虚偽放送をした!





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