満鉄超特急「あじあ号」
冷暖房を完備
最高速度130km/h
1935年、大連~ハルピン間943.3kmを12時間30分で走破
9月18日は満州事変の日(柳条湖事件)1
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/35875863.html
の続き
1931年、3000万人の満州住民の要請と支援を受けた1万人の関東軍が30万人の武装盗賊(張学良)を追放を満州から追放することに成功した。
ところが、国際連盟は、満州国不承認と、日本軍の鉄道付属地への撤退を決議した。
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日本が国際連盟の勧告に従わなかった事実は、大いに利用されている。
国際連盟は、他のどのようなことを討議するよりも前にまず日本軍が撤収することを強要したのである。
一部の人たちが考えているように、国際連盟のこの態度は、この事件の事情に鑑みて、正当なものとはみなし得ないかもしれないのである。
日本軍の立場は、国境を侵した軍隊の立場とは異なっていた。
「まったく安全な自国の国境線内に軍隊を撤収させることと、容易に包囲されうる外国領土内を走る鉄道沿線へ軍隊を撤収させることは、まったく事情が異なるのである」。
この命令は連盟によって発せられた独断的なものである。
「しかしながら、だれでも、この命令が実行されることもなければ、またそれを実行させることもできないということを承知していたのである。もし日本がこの威嚇に屈服し、その軍隊を撤収した暁においては、満州は以前よりもはるかに恐ろしい無政府状態および悪政に委ねられたことであろうと思う」。
連盟自身は満州に立ち入って、その秩序を回復しうる手段をもっていなかったのである。
また同様に連盟は、日本軍の安全を保障しうる手段をも有してはいなかったのである。
P696
東京裁判研究会編『共同研究 パル判決書(上)』(講談社)
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現在のイラクと同じだ。
今のイラクに重要なのは治安の確立であり、混乱しているイラクから米軍が撤退したら、イラクは大混乱に陥る。
ひとたび破壊された秩序を回復することなしに米軍が撤退することこそ無責任なのだ。
当時の日本軍も、国際連盟が鉄道付属地への撤退を決議したからといって、「ハイ、そうですか」と撤退するわけにはいかなかった。
当時の国際連盟は、自ら何ら行動することはなく荒唐無稽な勧告をした。
そして、それは、歴史的経緯に何ら基づかない事実誤認の裁定だった。
満州での警察行動(盗賊追放)に責任を持つ日本は、国連を脱退した。
国連は満州国を承認して国際社会に参加させれば、日本の影響力を漸減させることが出来た。
国連が承認しなかったために、日本は益々影響力を強め、満州国の確立と治安維持と発展への注力を余儀なくされた。
●事変後の目覚しい治安回復と発展
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昭和8年ロンドンタイムズ紙は「独立2ヵ年の満州国」に関する報道記事で、次のように論評している。
「外来の訪客は過去1ヵ年に於ける満州国の財務上の迅速な進歩に驚くであろう。通過は安定した。一文の値打ちもない旧軍閥の不換紙幣の洪水に悩まされていた満州国にとって、これだけでも計り知れぬ恩恵だ。」「満州国に於ける在留外人は外国商権の将来に関して懸念を抱いていることは勿論だが、大体日本人の施設に対して好感を抱いている。やろうということを実際にやる実践的な日本人を相手とすることになって助かったというのだ。30年も前から支那人がすぐ始めようと言っていた各般の計画がいまや着々実施されるに至った」「満州国は既成事実だといわねばならぬ。2ヵ年前に於ける日本の行動の是非は、極東の現状乃至将来に対して最早関連のない事柄だ。満洲は今や『啓蒙的開発』というのが最も適切な過程を経過している。啓蒙的な一番いい証拠は、三千万の民衆がこの過程から恩恵をうけていることだ。」
『大東亜戦争への道』中村粲著
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リットン報告書によれば馬賊は中国の歴史全体を通じて辿ることが出来、且つまた中国の行政体がこれまで一度として完全に鎮圧出来なかったものでもある。その馬賊の問題に関連して、日本当局の「満州における日本軍部隊の存在は、主要な馬賊グループを2~3年で消滅させてしまえるだろう」という主張は今や実質的に実現された。
満州国誕生後2年半の間に、かつて鉄道沿線はおろか町や村などにも出没していた馬賊は事実上鎮圧された。いわゆる満州事変の発火点となった1931年9月18日夜の奉天での運命的な衝突事件が起きる以前は、満州に十万人前後の馬賊がいた。事件直後にその数は21万人にまで増えたが、それは敗残兵の多くが馬賊の仲間入りをしたためである。しかし今ではその数は僅か3万人にまで減少し、彼らは事実上吉林省の森に被われた丘陵地帯に追放されてしまっている。
「満州国の最近の発展」
1934年11月23日、フィラデルフィアのアメリカ政治社会科学アカデミーにおける斎藤博(駐米大使)の講演
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1934年末、満州を訪れたイギリス産業連盟の使節団の調査報告
『満州国住民は治安対策の向上と秩序ある政府を与えられている。 軍(満州事変以前に、満州を牛耳っていた軍閥)による略奪と摂取はなくなった。課税制度は妥当なもので、公正に運営されている。住民は安定通貨を持つことができた。輸送、通信、沿岸航行、河川管理、公衆衛生、診療施設、医療訓練、そしてこれまで不足していた学校施設などの設備計画が立てられ、実施されている。こうしたことから、満州国の工業製品市場としての規模と将来性は容易に想像することができる。
近代国家が建設されつつある。将来に横たわる困難はあるが、これらは克服され、満州国と他の国々の利益のために、経済繁栄が徐々に達成されるものと期待される』
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Japan On the Globe
地球史探訪:満洲 ~ 幻の先進工業国家
傀儡国家、偽満洲国などと罵倒される満洲国に年間百万人以上の中国人がなだれ込んだ理由は?
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog239.html
(抜粋)
完成後に見学に訪れたフィリピン外相は、次のような歓声を発したという。
『フィリッピンは、スペイン植民地として350年、アメリカの支配下で40年を経過している。だが、住民の生活向上に大きく役立つものは一つも作っていない。満洲は建国わずか10年にしてこのような建設をしたのか』
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【年表】
満蒙独立運動、復辟運動、張作霖の独立宣言、満州事変、満州国建国
●1911年、辛亥革命が起こる
●1912年
1月、支那独立(中華民国成立)宣言
モンゴルやチベットなど諸民族も独立宣言
2月2日、清朝の皇族・粛親王、川島浪速らの手で北京を脱出、旅順に保護【第一次満蒙独立運動】
●1916年、モンゴル馬賊の巴布札布(パプチャップ)が日本軍部や旧清朝の粛親王の後押しを得て軍事行動【第二次満蒙独立運動】
●1917年
4月30日、張作霖が国民政府から独立を宣言
7月1日、張勲が北京で宣統帝の復辟を宣言。康有為らが参加
●1922年5月12日、張作霖が東三省の独立を宣言
●1924年11月29日、溥儀が日本公使館に移る
●1925年2月23日、溥儀が北京の日本公使館を出て天津の日本租界に移る。復辟をめざす鄭孝胥や羅振玉らが側近となる
●1927年
3月24日、南京暴動(第一次南京事件)
7月25日、張作霖が満鉄併行線敷設禁止協定を無視して満鉄併行線を建設。米国は張作霖に資本提供
●1928年
5月3日、済南事件。北伐軍が山東省済南市に入城、邦人経営商店での略奪行為をきっかけに日本軍と衝突。日本の被害は、戦死9名、負傷32名、居留民の惨殺14名、暴行侮辱30名余、奪被害戸数136戸、被害人員約400
6月4日、張作霖が爆殺される
7月、支那兵たちの一団により東陵(清朝代々の皇帝の墳墓)が爆破・盗掘される。溥儀は国民政府に抗議
●1931年
6月27日、満州で中村大尉殺害事件。満州を地理調査中の中村大尉が行方不明になり、やがて支那人部隊に殺害されたと判明
7月2日、万宝山事件。満州の長春の北にある万宝山で朝鮮人農民(日本国籍)が支那人農民に襲撃されたため、朝鮮の各都市で朝鮮人が支那人を大虐殺。
排日運動がさらに激化
米国は張学良に兵器工場建設を援助
★9月18日、柳条湖事件(満州事変勃発)
関東軍が張学良軍を追放
遼寧省、吉林省、黒龍江省、コロンバイル等は独立を宣言
満州各地の代表が溥儀に出馬要請
11月10日、溥儀、天津を出発
●1932年3月1日、満州国建国宣言。首都:新京(長春を改称)
溥儀、満州国の執政(国家元首)に就任
9月15日、日本が満州国を承認
●1933年5月31日、「塘沽協定」締結。蒋介石の国民党政権が満州事変の終結と満州国の成立を認めた
●1934年3月、溥儀、満州国の皇帝に即位
満州住民は、支那人も蒙古人も朝鮮人もロシア人もその他外国人も、日本の支配を希望・歓迎・支持!
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/7093534.html
9月18日は満州事変勃発(柳条湖事件)記念日
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25369930.html
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25371089.html
責任なし7 満州事変の背景
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26545300.html
責任なし13 満州事変は侵略か
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26860979.html
「そのまま何十年も続いた満州国を見てみたかった!」
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