「南京の真実」官邸で試写会を
映画「南京の真実」第1部「7人の『死刑囚』」が完成し、先日、東京で試写会が行われた。会場は超満員で、入りきれない人のために、急遽、ロビーにモニターが用意された。
3時間が長くは感じられない濃密な画面を、打ちのめされるような思いで見入った。東京裁判で死刑判決を受けた東条英機、松井石根ら「A級戦犯」7人の処刑までの最後の一日をドキュメントタッチで描いたものだ。当時の巣鴨プリズンを再現、俳優たちの凜とした演技がなんともいえない重さを持って伝わる。
監督の水島総氏によると、2部は「南京大虐殺のでっちあげ」を検証するドキュメンタリー、3部は南京攻略戦の劇映画としたい計画だ。制作費は全国から募った2億円余りのカンパでまかなった。
「南京」「慰安婦」「百人切り」など、謀略プロパガンダによって仕立てられた虚構に対し、米紙への意見広告、参戦兵士の証言を聞く会、英文本の発刊、名誉棄損訴訟などの取り組みが展開されているが、この映画もそうした試みの一環だ。「大虐殺」サイドに立った映画が10本ほど制作されている中で、ようやく一矢を報いた形になる。
米下院の「慰安婦非難決議」の背後には、中国や韓国の在米プロパガンダ団体の「カネと票」を武器にした暗躍が伝えられている。
そうした謀略戦に対して、なんとも「上品な」日本政府は、対抗手段を持ち得ないままだ。改装されて規模を拡大した南京の「虐殺記念館」には「300000」という中国が主張する「被害者数」を示すプレートが依然として掲げられている。
当時の国民党政府の首都を攻略したのだから、激戦が展開されたのは事実だが、これは通常の戦闘行為であって国際法でも認められている。
| 略奪だのレイプだの30万人虐殺だのといった事態がなかったことは、その後、国民党政府が外国人記者に行った300回の記者会見でただの一度も言及されていないことでも証明されている。 |
| 戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた東京裁判では、「大虐殺という虚構」がまかり通ってしまった。それがいまだに通用しているのは、日本政府の怠慢以外のなにものでもない。 |
訪中した福田康夫首相も民主党の小沢一郎代表も「いくらなんでも30万人というプレートは外したらどうか」ぐらいのことを突きつけていたら、と思うのはないものねだりか。
試写会には「保守派」の議員が何人か駆けつけたが、現在の政治の対応としては、これも寂しい。映画はすべてをのみ込んで、粛然として絞首台に上った「日本人」の姿を描いている。「ガソリン国会」の攻防戦に明け暮れる中、首相官邸で試写会を催してはどうか。
| >略奪だのレイプだの30万人虐殺だのといった事態がなかったことは、その後、国民党政府が外国人記者に行った300回の記者会見でただの一度も言及されていないことでも証明されている。 |
| 当時、国民党政府が外国人記者に行った300回の記者会見で「南京虐殺」が一度も言及されなかったことは、『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著で説明されている。 |
| ただ正確さを期すために述べると、略奪とレイプはゼロではなかった。約10件の強姦事件と同等の掠奪事件があって当時から認識されており、東京裁判で日本側証人も証言している。日本軍の場合、カネを渡しても強姦事件として扱ったし、道端に落ちていた靴を持ち帰っても略奪事件として軍法会議にかけた事例もある。それでも、「虐殺」は全く確認されていないのが事実だ。 |
| > 戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた東京裁判では、「大虐殺という虚構」がまかり通ってしまった。それがいまだに通用しているのは、日本政府の怠慢以外のなにものでもない。 |
| まさに日本政府の怠慢だ。南京虐殺が如何に創作されたかについては、当ブログでも何度か説明したが、最近チャンネル桜の「高森アイズ」で分かり易く説明していた。 |
| 高森アイズ-南京大虐殺 へのソボクな 3つの疑問 - はじまりはいつも朝日 |
| 支那事変当時は国民党がプロパガンダとして日本軍の残虐行為を嘘宣伝していた。支那が宣伝工作を本格化させたのは1937年11月頃からだった(『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著)。 |
| よって、最初に宣伝したのは国民党で、具体的には宣伝工作員のベイツが、日本軍による市民殺害の嘘レポートをダーディン等の新聞記者たちに渡したりティンパーリの『戦争とは何か』にそのレポート等を所収させた。 |
| 南京事件は、東京裁判のネタとして創作された。 |
| 戦後、GHQは、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)に基づき『南京大虐殺』を捏造し、東京裁判や、NHKのラジオ番組『真相はかうだ』や『真相箱』などで宣伝した。 |
| 目的は主に2つで、一つは原爆投下など連合軍側の戦争犯罪を誤魔化すこと、もう一つは日本人に贖罪意識を植え付けて二度と戦争を出来ない腑抜け・腰抜け民族にすること。 |
| 東京裁判で証拠とされたのは主に3つ。1.南京など各所の裁判所で裁かれ断罪された無実の者の長い表。2.埋葬記録。3.証言。これらは全てでっち上げの嘘っぱちだったことが判明している。 |
| 東京裁判から20年以上、「南京虐殺」は忘れられた存在となった。本当に「大虐殺」があったのなら、このような現象はありえない。 |
| ところが、1970年代、突如『南京大虐殺』の大キャンペーンが始まる。 |
| 東京裁判から20年以上殆ど誰も語らなかった「南京虐殺」が、四半世紀も経て、日本人が自ら「東京裁判」をやり直すような行為をし、忘れ去られていた「南京」に強引に光を当て更に膨らませた「大虐殺」として日本中に流布した。 |
| それが今日の問題の根源であり、その張本人は「朝日新聞」だ。 |
| 朝日報道の中でも、最大の決定打となったのは1971年8月から連載された本多勝一の『中国の旅』だ。本多が支那に出かけ、支那共産党が用意した「証人」に聞いた話を「裏付けナシ・検証ナシ」でそのまま掲載。「裏付けナシ」という、新聞の常識を無視した企画が新聞本紙、週刊朝日、朝日ジャーナル、アサヒグラフなど、あらゆる媒体を使って大々的に展開され、更に翌年には単行本化され、ベストセラーに。 |
| 言い様によっては『南京大虐殺』は朝日新聞の創作とも言える。この頃から他にも大量の南京関連本が出版され、1978年(教育出版は1社のみ1975年)から日本の教科書に「南京事件」が記載され始めた。そして、1981年(1979年という説も)からは支那の教科書にも「南京大屠殺」が記載され始めた。 |
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