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靖国神社&日本近代史における食人を語る統合スレ
7 :
代理屋
◆h2tGrAbWPt6L
:2024/06/27(木) 19:37:52.02 ID:jZxxX39KE
【歴史修正主義と極論的食人言説の蜜月】拙
>>5
つづき
『後見草』(1787)の警鐘すら無かったコトにしてしまった一連の
○『梧窓漫筆後篇』(1823/江戸)
○『日本紀標註〈16〉』(1891/明治)
○『国民性十論』(1908/明治)の系譜を集大成した論文が、大正
デモクラシー期に登場します。
著者は「支邦史」と称されていた歴史学に、民族の視点を導入して
再構築した新しい学問「東洋史」の泰斗でした。
その一級の学者は、まず『狂人日記』が発表された翌年の1919年、
問題の論文の叙文といえる「支那人の食人肉風習」を総合誌に寄稿。
そして食人を示唆する証言も含んだ『明治戊辰梁田戦績史』が刊行
された1924年、江戸の珍説から100年以上を経たこの年、学術誌に
入魂の「支那人間に於ける食人肉の風習」を発表しました。
同論文では、中国にまつわるさまざまなパターンの食人記述を、西
欧やアラビアの文献も交えて列挙。その一方、日本に関しては医療
食人のみ軽く認めつつも、先学の儒学者、国学者の名を出し、改め
て『日本書紀』の記述にクレームをつけて一蹴。前人の所論をかな
り進歩させと自賛する、自民族中心主義の食人論を開示しました。
(*桑原隲蔵「支那人間に於ける食人肉の風習」の12章 1924)
これらふたつの論文は、記憶に残る神話的・伝説的な論文として、
いまでは青空文庫で誰でも閲覧可能となっています。
h ttps://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4270_14876.html
h ttps://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/42810_23981.html
さて次からは、戦前のこれらの日本の食人の記憶を暗殺した言説が、
戦中、および戦後にどう影響したかについて言及したいと思います。
↓つづく
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