文化破戒の歴史 : イロハニホヘドツブヤクド
イロハニホヘドツブヤクド (
イロハニホヘドツブヤクド) 投稿者,
@ 2013-05-09 06:24:00
文化破戒の歴史
そこで朝っぱらから鑑真さんな訳ですが、
聖武天皇という方は疲弊感漂う時の世の中で、
大仏なるものを造らせた訳ですが、それ以上に偉大であると思うのは、
「律」というものを日本に根付かせた第一人者なのです。
まーあんな超どデカイ仏像を造らせ国を挙げて手を合わせる訳ですから、
仏教でいうとこの「律」も「戒」も十分に伝えられず、
「小仏像」や「経」ばかりが厭に伝わるという日本は異常だった訳ですが、
その足りない「律」に気づかれた国家元首な訳でございます。
僧(仏教を伝える資格のある人)というのは、僧十人によって認める
という当時の「破戒仏教」が蔓延っていた日本には、厳しい命題でした。
そこへ鑑真さんと十五人の僧を迎え、
見事律令を成した聖武天皇というのは当時の感覚からしてやはり
大仏を造らせるという国家事業以上に国を思い憂で必死だったんだなーと思う訳なんです
まー今、仏像の盗難事件とか国際問題(になってないんですけど。。)
な訳ですが、
そもそもこれ「破戒」で、そこの持ち主が「仏像帰ってきたー」
とか「戒」より「仏像」な訳ですよ。大事だから二度言いますね
「戒より仏像」
という事は、もうこの寺所有の仏像なんてなーんの価値も無い訳なんですよね。
だーからー、
偶像崇拝禁止言うたやろうがー
ってお釈迦様のみならず怒ってるご先祖様はいるんじゃないかと思う訳ですよ、、悟り世