ショーペンハウアーのあとは、ハイデガーを読んでも大丈夫かな?と思い
下見のつもりで、久しぶりに閉店前の本屋さんへすべりこみました。

ハイデガーの 『 存在と時間 』 を手に取ると、他の哲学者たちのシリーズと
エディトリアルデザインが特別というか、かなり違っていて、 ん?と思いました。
( 岩波文庫 )
開いてみると、字がとても小さくて私を拒絶しているような気が一瞬しました。
なぜか日本語を読んでいる感じがしません。
ショーペンハウアー的な、ラテン語、ギリシャ語、ローマ・エジプト格言が
乱れ飛んでいるというような意味ではなく、日本語の意味がわからないのです。
あれ?私がんばって今まで哲学書を読んできたつもりなのに一からやり直しかな?
それとも夏バテしたのかな?という眩暈を覚えました。
落ち着いてよく読むと、どうやら超難解哲学者のカント様へ戻るようです。
「 うぅん 」 と言って倒れそうになりましたが、負けるわけにはいきません。
それにフッサールを先に読みこなしてないと意味がわからないっぽい感じです・・・
「 きょ、今日はこのぐらいにしといてあげるわ 」 という感じで本を戻し
カントを読みきらないと話がどうにも進まないというのを実感し、再度カントを
読み直すことを決意して帰ってきました・・・
やはり哲学は秋、夏休みはちょっと違う方向の本を読もうかな と思いました☆彡