abc's Journal
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Sunday, January 12th, 2014
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Event |
| 8:20a |
A級戦犯の分祀 公明党が追悼施設の新設、分祀を主張しているらしいが。 国費を投じ、後世の若者に負担を押し付けてまで、今やるべきことだろうか? それこそ餓死者を出す国で、生者を蔑ろにしてまで。 どうせまた、創価系企業に「信者であることの旨味」をもたらすため、が目的だろ。
「尊崇の念」は、無念の思いで亡くなっていった霊が悪霊とならぬよう、神として祀るという意味だ、と、苦し紛れの口からでまかせを言っているが、 それこそキリスト教で言う「偶像崇拝」になるのですよね。 偶像に力を持たせる行為かと。
色々な思いで亡くなったであろう、その方々が、ただただ今は安らかでありますように、と、祈る行為を靖国で行うことは間違いではない。
ところで、分祀して、A級戦犯を参る人がいなくなり、靖国が寂れたら、 悪霊になっちゃうんじゃないですか? その辺はどうお考えですか?
世界中に、先祖を、亡き人を追悼する、という文化は存在している。 靖国を参拝することの意味を、きちんと説明すれば、理解を得られないということはない、と思う。
それを、一度、総理が口に出した「不戦の誓い」を、党が「靖国は不戦の誓いをするところではない」とか、諸外国にわざわざ誤解を招くような強調をする。 火に油を注ぐようなもの。
戦いを回避する努力とは、尖閣問題について、日本と中国が歴史的経緯を元に、世界中の証人の前で明らかにしていくことであり、中国が急に尖閣にこだわり出した理由が資源であるなら、きちんと分配の取り決めをすることでしょう。 |
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